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論文「地域資源の戦略的活用における文化の役割と知識マネジメント」

地域資源を使うための選択肢を知る

地域資源が大事、地域資源が大事っていうけれど、使い方には4通りしかない!

 

【出典】敷田麻実(2016)「地域資源の戦略的活用における文化の役割と知識マネジメント」『国際広報メディア・観光学ジャーナル』22, pp.3-17.


さわりの部分・・・・・

 地域づくりでは、一般に「地域資源 」と呼ばれる、もともとその地域にある資源に着目することが多い。そのため、いかに地域資源を活用できるかが重要になるが、地域づくりにおける資源の活用方法についての考察や資源開発の成功例についての報告は多いが、資源の特性に応じた手法の選択や開発の方向性などの研究は少ない。また、どのような戦略に基づいて地域づくりで資源を活用するのか示唆したものは少ない。


 そこで本論文では、地域づくりにおける資源の活用方法を考察し、改めてその活用戦略を議論した。そして、原料としての資源への依存度である「資源性の強さ」と、生産や消費に付随して必要とされる文化 への依存度である「文化性の強さ」に基づき、資源活用プロセスを分析した。

 

そして「資源性が強い商品化」と、生産のための知識や技術に依拠した「文化性が強い商品化」の差を明らかにした。さらに販売と消費における市場の範囲の差を考慮し、地域資源の活用を4つのパターンに分類したうえで、地域づくりに必要な地域の資源活用戦略を遂行するための知識マネジメントについて議論した。

 

 

author:SHIKIDA, category:論文の紹介, 07:27
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20180617_先週からのインプットや読書カードを作成した文献

 先週から今週末にかけて読みました。『医療危機―高齢社会とイノベーション』は論旨明確な本でした。博士論文を書く人にも、お勧めです。「How Nature-Based Tourism Might Increase Prey Vulnerability to Predators」はエコツーリズムなどの自然体験型の観光ではよく観察されてきた、人と動物の接触の影響を論じたものでよく調べてあります。

 

<12650>虫明元(2018)『学ぶ脳−ぼんやりにこそ意味がある』, 東京都,岩波書店, 126p.


<12289>真野俊樹(2017)『医療危機―高齢社会とイノベーション』, 東京都,中央公論新社, 258p.


<12568>片山明久(2015)「地域の伝統的祭礼とアニメ聖地巡礼」,『観光学事始め - 「脱観光的」観光のススメ』,井口貢編,京都府,法律文化社,pp.110-123.


<12254>Geffroy,B.et al.(2015)「How Nature-Based Tourism Might Increase Prey Vulnerability to Predators」,『Trends in Ecology & Evolution』, USA,Cell Press,30(12),pp.755-765.


<11082>齋藤孝(2013)『人はチームで磨かれる 職場を元気にする72の質問』, 東京都,日本経済新聞出版社, 230p.


<12591>結城康博以下4名(2018)『福祉は「性」とどう向き合うか−障害者・高齢者の恋愛・結婚』, 京都市,ミネルヴァ書房, 220p.


<12288>仲 暁子(2017)『ミレニアル起業家の新モノづくり論』, 東京都,光文社, 258p.


<12708>小暮義隆(2015)「よそ者と地域社会の相互変容と関係性 : 尾瀬の自然保護に関わるコミュニティを事例にして」,『"21世紀社会デザイン研究"』, 14, pp.111-121.


<11799>天野郁夫 (2017)『帝国大学 : 近代日本のエリート育成装置』, 東京都,中央公論新社, 278p.


<12028>野村康(2017)『社会科学の考え方―認識論、リサーチ・デザイン、手法』, 名古屋市,名古屋大学出版会, 352p.

 

author:SHIKIDA, category:リーディングアサインメント, 07:09
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20180610_先週から週末までのインプット

先週から週末にかけて読んだ文献です

<12704>Balmford A, Green JMH, Anderson M, Beresford J, Huang C, et al.(2015)「Walk on the Wild Side: Estimating the Global Magnitude of Visits to Protected Areas」,『PLOS Biology』, , 13(2),pp.e1002074.

<12675>眦菁(2015)「地域文化と伝統工芸の関係性−現代の赤穂緞通における技術伝承と普及活動」,『美術科教育学会誌』, 美術科教育学会,36,pp.253-264.

<12637>吉田裕(2018).『日本軍兵士−アジア・太平洋戦争の現実』, 東京都,中央公論新社, 228p.

<12242>河島伸子(2017)「日本食のグローバル化と模倣食品問題」,『文化経済学』, 文化経済学会,14(2),pp.1-19.

<12254>Geffroy,B.et al.(2015)「How Nature-Based Tourism Might Increase Prey Vulnerability to Predators」,『Trends in Ecology & Evolution』, USA,Cell Press,30(12),pp.755-765.

<12650>虫明元(2018).『学ぶ脳−ぼんやりにこそ意味がある』, 東京都,岩波書店, 126p.

<12449>山本太郎(2017).『抗生物質と人間―マイクロバイオームの危機』, 東京都,岩波書店, 170p.

<12289>真野俊樹(2017).『医療危機―高齢社会とイノベーション』, 東京都,中央公論新社, 258p.

 

乱読気味に読んでいます。虫明元(2018)『学ぶ脳』は、所属の分野の知識科学研究と関連があり面白く読めました。吉田裕(2018).『日本軍兵士−アジア・太平洋戦争の現実』も組織や組織運営を考える参考になりました。

 

author:SHIKIDA, category:リーディングアサインメント, 10:50
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地域づくりにおけるキーパーソン志向は思考停止のリスク

JUGEMテーマ:教育

 キーパーソンによる物事や活動の促進、成功事例は多くの地域づくりの本で書かれていますが、実際には後からの説明がしやすいので、「○○さんがいたからできた」などと説明されることが多い。

 

 これは歴史で「英雄史観」と呼ばれる考え方と似ており、「ナポレオンがいたからフランス革命が成功した」などと書かれていることと同じです。もちろんナポレオンの力は大きいのですが、彼だけではなく彼の参謀も優秀だったから実現できたことである。

 

 こうした一方的な見方による誤りは、「キーパーソンがいたからできた」という「思考停止」によることが原因で、論文などでもよく出てくる。科学的に考えれば、何がキーパーソンの成功要因だったか、彼のスキルや知識は何だったかと分析することがまず大事ではないか。

 

 地域づくりでキーパーソン捜しをする前に、また自分の地域にはキーパーソンがいないと歎く前に、キーパーソンにやって欲しいこと、役割を特定した上で、今いる地域関係者が分担して、それが実現できないか考えることから、地域づくりは始まる。

author:SHIKIDA, category:学ぶために, 13:08
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途上国の人々との話し方 国際協力メタファシリテーションの手法

JUGEMテーマ:教育

 

和田信明・中田豊一(2010) 『途上国の人々との話し方 国際協力メタファシリテーションの手法』, みずのわ出版,  441p.

 

 

 事業担当者が持ってきた「立派な予算書」を前にして、どこから何を質問すればよいのかわからず、絶句する財政担当者も多いはずだ。といっても、事業担当者は予算を通したいので、あれこれ説明してくることは想像に難くない。しかし、そこで交わされるコミュニケーションにいったい意味はあるのだろうか。事業担当者が財政担当者を相手にした「説得と納得」という予算交渉は、何ら価値を生み出さないのではないか。
 本書の筆者である和田と中田は国際協力のベテランであり、インドネシアなどの途上国の現場で学んだこと、特に、相手の状態を理解する調査について、ていねいに解説している。相手を知ることの第一は観察であるが、その次は質問を介したコミュニケーションである。それは予算要求現場のやり取りでも同じである。
彼らは「問題は何か」や「原因は何か」と相手に聞いてはいけないと述べる。例示された、医者は患者を前に「なんで熱があるのか?」と聞くのではなく、医者が聞くべきは「いつから熱が出たのか」という事実であるというアドバイスは、まったく当を得ている。考えを聞く質問では、質問者が喜ぶ答えが返ってくるだけに終わる。そうではなく、事実を問う質問法の重要性を説く。この事実を問う質問とは、「いつ、どこで、何、誰」を基本とし、「○○をしたことがあるか、○○を知っているか、○○があるか」がパターンである。
 実は、事実を問う質問を仕事で駆使しなければならないのは、財政担当者だけではない。およそ自治体に勤務し、住民や関係者という受益者を相手にする自治体職員は、誰でもこの質問法のレッスンをする必要があるだろう。しかし「それがなぜ必要?」と聞いてはいけない。「何が学べるのか」と聞くことが自治体職員には重要である。

 

出典:敷田麻実(2016)「笑う門には福来たる」,『地方財務』(2016年 9月号),pp. 31-36p.

author:SHIKIDA, category:学ぶために, 21:35
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帰納・演繹・アブダクション

今日のゼミでは帰納・演繹、アブダクション付いて学びました。

 

 この3つの違いについて詳しく説明したものはいくつかありますが、その中でわかりやすい(理解しやすい)ものをいくつか紹介します。

 

 まず、次の<6924>瀬名秀明・橋本敬・梅田聡(2006)『境界知のダイナミズム』, 編,岩波書店, 東京都, pp. 272p.では、
   データから法則を導くのは「帰納」induction
   ある前提から次を導くのが「演繹」deduction
   所与のデータから最善の説明を出すのが「アブダクション」abduction
                              だと説明しています。

 

また井上(2002)は、アブダクションについて、多くの事実から一般則を導く、帰納的な方法だが、次のようなスタイルだと述べています。
   驚くべき事実Cがある。
   そこにAを当てはめるとうまく説明できる。
   つまり、AならばCである。
<4419>井上真(2002)『環境学の技法』,東京大学出版会,284p.(デジタル化)

 

 一方、戸田山(2012)によれば、帰納法では情報が増えるが、蓋然的(導かれた理論が必ずしも真理ではない可能性がある)であると述べています。しかし、新しいことを主張するには適した方法である、としています。
<8883>戸田山和久(2012)『「科学的思考」のレッスン―学校で教えてくれないサイエンス』,NHK出版,299p.

 

 そして帰納と演繹についての関係を説明しているものでは、次の津田の解説が解りやすいと思います。医学について書かれたものですが、科学全般に拡張して考えることができます。
<9047>津田敏秀(2011)『医学と仮説 - 原因と結果の科学を考える』,岩波書店,118p.

author:SHIKIDA, category:今週の特集, 01:19
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北海道庁が提案する知床基本条例を「遺産」にしないために


今夏、北海道の知床半島は、世界遺産登録から10周年を迎えている。知床は原生自然に恵まれ、生物多様性と海氷の影響受けた特異な生態系の価値が評価されて2005年に世界遺産に登録された。もちろんそれ以前から知床の自然は評価され、1964年に国立公園に指定されている。知床横断道路建設や森林伐採問題を乗り越えて、知床100平方メートル運動など、地域の関係者の地道な保全活動によってその価値を維持してきた。

こうした記念すべき年に、地元の北海道庁が「知床基本条例」を提案している。もともと北海道知事の発意によるものだが、年度内に制定を目指して動きが活発化してきた。条例の制定自体は、知床の遺産価値の保全や将来に向けた指針となるすばらしい発想であり、それに反対する関係者はいないだろう。知床だけに関係する条例であっても、知床は北海道民にとっての誇りであり、自慢の自然資産である。当然北海道庁が関わって然るべきだ。

そのため北海道庁は、道の「環境審議会」での審議を優先して条例を制定することを念頭に置いていた。北海道にある自然環境のことなので当然という判断はあるだろう。しかし、それは札幌で開かれる審議会が議論の中心であり、そこには「知床という地域の課題解決や将来のため」という条例の趣旨とはズレがある。

また、知床には前述した開発問題を乗り越えてきた経験があり、地域で知床の自然を管理してきた自負も持っている。地元自治体が出資してつくられた知床財団が、野生生物や日々の管理も担っている、自然環境保全では先進的な地域である。さらに、最近では「エコツーリズム戦略」が地元の努力で策定され、関係者の自由な提案に基づき、保全と利用のバランスを取る仕組みもできた。保全関係者、行政、さらに観光事業者が同じテーブルについて問題解決を目指す、他に例のない地域共同管理の仕組みである。つまり地域で知床の自然環境の利用と保全を進める仕組みができている。

一方、遺産登録時には大きな役割を果たし、ダーバンで行われた会議にも知事が参加した北海道は、世界自然遺産登録後は、国立公園、世界遺産ということで環境省や林野庁が管理の主役となり、役割が相対的に小さくなっている現状もある。日々の管理を行う斜里町・羅臼町など地元関係者と国の間に立って、なかなか役割を見いだせないでいる。

しかし、北海道庁も知床世界自然遺産の管理者の一員であり、周辺の自然環境との関わりや海域の管理を考えれば、役割は決して小さくはない。提案されている知床基本条例の制定が契機となって、改めて北海道庁の関わりが増えることは、誰もが歓迎するところだ。そのためにも、北海道が一方的に条例を提案するのではなく、地域にある仕組みや地域関係者の意思を尊重し、知床とそこに関わる関係者の将来にとって幸せな条例となるように努力すべきである。せっかくの条例を、決めただけの「遺産」にしないためにも、条例の制定という結果ではなく、そのプロセスから地域との共同管理を意識して進めることが重要だ。それは北海道庁がもう一度、知床世界自然遺産の管理者の一員として主役を務めるためのステップでもあるはずだ。

 
author:SHIKIDA, category:さっぽろ日記, 10:37
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まちづくり活動の参考になる映画
 まちづくり活動では、多様な意見を持つ関係者が集まって議論する会議や打ち合わせが多い。

 以前は、行政が集めた委員会や協議会で、これも行政が依頼した「学識経験者」が司会を務め、何とはなしに進められてしまうことが多かった。そこでは議論や建設的な意見交換ではなく、だいたい決まっている結論にたどり着き、その際にお互いが何となく納得できることが重要だった。

 しかし最近は、結論が決まっていない設定の会議や、アイディア出しの会議も増え、参加者が参加する余地が増えてきたことを実感する。こうした場面で、その場に集まったメンバーが臨時のチームやグループを結成して解決案の創出に取り組むことが多い。そのメンバーは多様で、職場や学校のような仲間でつくる同質的なチームとは質が異なる。

 そこでチーム活動、グループワークの参考になる良い映画を紹介したい。少々古い映画だが、「12人の優しい日本人」だ。陪審員の話し合いが素材となっている映画で。。。。。

  いや、ストーリーを言うのはよそう。これから映画を観るのだから無粋だからだ。ただ、三谷幸喜の作品なので十分楽しんで観ることができるとだけ記しておきたい。

 では、後味が良い地域づくり活動を期待して。
author:SHIKIDA, category:地域づくり, 21:30
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まちづくりセミナーで受講料をもらう理由
 9月から今年も北の観光まちづくりリーダー養成セミナーが始まった。

 7年目となるこのセミナーは、北海道庁が主体となって平成19年から始まった。いくつかの特徴があるセミナーだが、その中でも受講料はよく話題になる。実は、行政が開催主体のこの種のセミナーでは授業料を取らないことが一般的だ。まちづくりのような公共的要素のある活動の支援は、税金で、つまり公的に支援する必要があるという暗黙の了解からだろう。

 しかし、このセミナーは最初から受講料をとって運営してきた。それには理由がある。

 受講料をもらえば、受講生も緊張して望むし、元を取ろうとして熱心に参加するだろうという前提がある。また、私たち開催主体も受講料や期待に応えるセミナーでありたいと思っている。受講料をいただいているから、立派なセミナーをするいう説明には大いに納得できるからだ。しかし、お金に見合う授業をするというのでは不十分だ。なぜなら、まちづくりセミナーの受講生はお客ではないからだ。

 ここでまちづくりセミナーのミッションに立ち返ってみたい。このセミナーは、地域のまちづくり現場に、チームでイノベーションを起こせる人を送り出す仕組みである。つまりミッションは、「まちづくりを、義務的な仕事ではなく、自分の楽しみとして取り組み、そこから地域や人のためになる楽しい成果を生み出す、新しいまちづくり人材を育ててること」だ。

 そのミッション実現に必要だから受講料をいただいているのである。そのためにはネットワークやチーム運営をする能力を身につける必要があり、仲間を広げる必要もある。そのために必要な投資だ。その点で、受講生はお客ではなく、ミッション実現のための仲間である。彼らの投資を有効にする支援をするのがセミナーの講師であり主催者だ。

 このように受講生を、チームによるまちづくりに共感してもらえる仲間だと認識することが重要だ。そして相手をリスペクトする。 そこから、まちづくりセミナーで一方的な授業はしてはいけないということも見えてくる。

author:SHIKIDA, category:地域づくり, 09:53
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分かりやすさが「すべて」ではない
 私事だが、膝の手術で入院し、すっかり「病院の人」になっている。手術後はさっそくリハビリ始まり、元の状態に戻れるような訓練が続く。手術や入院で弱った筋力をアップするには、「適度な負荷では無理で、普段以上に負荷をかける」必要がある。

 実は頭もそれと同じで、普段と同じ負荷をかけていては伸びない。めちゃくちゃではいけないが、ある程度難しいことをぐいぐい考えてみることで、思考力は高まる。

 さて、大学で期末に行われる「授業アンケート」では、必ず「わかりやすさ」を問う設問がある。当然わかりやすいという回答を教員たちは期待するが、わかりやすさが必ずしも「理解」や能力アップにはつながらない。

 もちろん、極力、わかりやすく授業を行いたいが、教えるテーマの事前理解や内容によって、必ずしも全員が「わかりやすいねえ!」にはならないことは容易に想像できる。

 その様な時、学生はアンケートに「わかりにくい」と書いてもらえば良いのだが、それだけでよいのだろうか。それでは何も生産的な話にはならないのではなかろうか。

 ではどうする?それだけではなく、「自分が教師だったらどう教えるか?」という自問をしてみてはどうか。「自分が担当教員だったら、授業をこうして、こんな説明をする」を考えてみるのだ。授業終了後でもかまわないし、わからない授業の最中でも良い。

 そこから当事者意識が生まれ、自分だったらどうする、もし自分がするのだったらという意識が育つ。そして、わかりやすく説明しようとすれば、当然内容が理解できていないといけないというシンプルな「法則」で、内容の理解自体が深まるだろう。

 自分で自分に教え込むこともできる。教師が教えるのが映えただという批判をするだけではなく、自分が成り代わってみたらそうするかは、世界を広げてくれるだろう。

author:SHIKIDA, category:コメンタリーな北海道, 13:15
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「夕鶴」から考える観光まちづくり

 夢中で観光まちづくり(ほぼ=地域づくり)をしている関係者にはあまり関係のない問題なのだが、時々「まちづくりっていったい何なんでしょうか?」と問われることがある。大学や大学院では、ものごとの意味を説明する場面があるので、「それって何」は重要なことが多い。しかし、まちづくりには多様な意味が込められており、合意できそうなものを今まで見たことはない。

 ただそう言ってしまっては身もふたもないので、受け入れられそうな定義として私が用いているのは、「地域関係者が望ましいと考える地域を実現するために、地域の問題を観光という手段を用いて解決するための活動」である。ただしこれでも、ダイナミックな観光まちづくりの躍動感が表せないという問題点は残る。

 一方、観光まちづくりのプロセスが複雑で、いろいろな参加者が参加するという問題点もある。そのことが悪いのではなく、複雑で説明しにくいということだ。このプロセスの複雑さと、参加者の多様さは若干意味が違うが、ここではプロセスの複雑さを単純化し、わかりやすく説明するも工夫を紹介したい。

 その工夫とは、まちづくりをモデルで説明することである。モデルとは、あるできごとを抽象化することで現実を単純化し、その本質を見える化することである。まちづくりのプロセスを共有しやすくする。

 そのひとつの例として紹介するのが「まちづくり夕鶴モデル」である。これは著者らが考案した「観光の関係性モデル」を元に考案している。図を見ながら説明しよう。



上記の「中間システム」を含むモデルは、敷田 麻実・木野 聡子・森重 昌之(2009)「観光地域ガバナンスにおける関係性モデルと中間システムの分析−北海道浜中町・霧多布湿原トラストの事例から−」,『地域政策研究』,(7),pp. 65-72pから転載し一部改変し作成した

 戯曲「夕鶴」は「鶴女房」を題材として作成された木下順二作の作品である。内容は原典を当たって頂きたいが、多くの日本人が知っている昔話、「つるの恩がえし」だと考えてもらって良い。

 話は、鶴を助けた「与ひょう」の下へ鶴の化身の「つう」が現れて千羽織り(美しい織物)を織ることから始まる。やがてその織物が都で高値で売れると、与ひょうはつうに「増産」を迫り、挙げ句の果てに生産現場を覗いて関係を破綻させてしまう。しかしその途中には、欲はあるのだが気弱な「運ず」と強欲な「惣ど」が、マーケット(市場)関係者として関わり、与ひょうをそそのかしていた。



 ここから描けるのは、一途な地域関係者が販売による利益の魅力から、地域資源を酷使して破綻させてしまう構図だ。しかし、せっかく商品化した地域資源(織物)が市場で販売できなければ、与ひょうはつうと豊かな暮らしができない。与ひょうの「金があれば・・できるから・・・・・」というセリフは切実である。それはマーケットの影響は単純に悪だと決め付けられない現実を描いている。


 結論はいかにマーケットとうまく付き合うか、につきるが、その関係をモデルとして描いたのがこの図である。観光地域づくりは、地域の観光資源を効果的に用いて、市場、地域外から利益を得ることで街を豊かにすることだが、そこに、良い悪いで議論できないマネジメントの問題を指摘することができる。

  

 
author:SHIKIDA, category:地域づくり, 14:10
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怪説3C、SWOT分析
 難しい概念を理解しようと思うときには、その概念を、何か身近な、体験済みのことに入れ替えてみることがお勧めである。

 関わっている「北の観光まちづくりリーダー養成セミナー」では、日常生活で使うことが少ない概念である「マーケティング」についてを受講生に学んでもらうが、そこで出てくる3CやSWOT分析についてそれを応用してみたい。         
         

 


 「3C」はマーケティング分野で必ず出てくる環境分析ツールである。この3つのCは、Customer(顧客分析), Competitor(競合分析), Company(自社分析), Channel(流通分析) の略である(4Cということもある。その場合にはChannel(流通分析)が加わる)。これだけだと一見何のことかわからないが、要は「自分の回りの状況を把握する」ための整理ツールで、その際に把握する分野を整理したものに過ぎない。しかし日常生活ではこんな面倒くさいことをしないので、3Cだ、4Cだといわれれば、何かよくわからない難しいことになってしまう。
         
 そこで、理解のための例示をしてみよう。この図は、お目当ての女性(逆に男性としても同じ)にアプローチする際のライバル男性との関係を表すツールとして3Cの仕組みを使っている。一般の3C分析でCompanyといわれる自社はここでは「自分」である。そして、Customerはお目当ての女性,
そしてCompetitorはライバル男性(競合相手)と考えてみればよい。その結果それぞれの持つメリット・デメリットが明確に描ける。そしてこの、「三角関係」に気付く。        

 

   
 次に、これを応用?して、SWOT分析を試みてみたい。SWOT分析は、3C分析のようにメリットやデメリットが誰に帰属しているかを明確に示すのではない。、その代わり自社(この場合自分)の強み、弱み、そして自社に対する脅威、機会(チャンス)をうまく整理してくれる。そして、クロスSWOTでは、自分がどのように振る舞えばよいかの戦略案を提案してくれる仕組みである。         

 




 このように3CやSWOTは、状況を把握する際に使える整理ツールだと考えればよい。そうすれば、自分の長所と短所だけではなく、自分の置かれた環境や課題もわかって、対策を立てて何とかしようという気にもなる。


 ということで、おふざけ感もあるが、身近なものに例えて、または身近なものに応用してみることは、当事者意識を高めるので、お勧めである。

author:SHIKIDA, category:地域づくり, 22:47
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Iさんからの相談
 地域づくりに関わるIさんから相談があった。話は「一体誰のために仕事をしているのかわからない」という内容だった。メールではめずらしく、長めの返事を書いた。



Iさん
 すぐに返事をと思ったのですが、なかなか書くことができませんでした。その理由は、実は私もいつもその様なことを考えているからです。しかし、それを考え始めると仕事が進まなくなりますし、それでなくとも忙しいのに、仕事に身が入らず、ミスが多くなります。ただ、それでも考えてしまうのは、そう簡単に割り切れないからではないかと最近考えるようになりました。
 
 Iさんの悩みは、仕事をしている自分に一貫した思いや意識が不足しているのではないかということではないでしょうか(勝手な思い込みだったらすいません)。確かに、仕事上の信念や堅い意志があれば、地域のためにやっているのだという姿勢になり、周りの人にも、「あの人はすばらしい、地域のためを思って日夜仕事に励んでいる」となるでしょう。

 しかし一方で、「自分は地域のために仕事している」と正面から宣言してはばからない人を見ると、それはそれで困った人であると思えます。地域のためということは、特定の地域だけを優先することで、逆にその地域以外の人や社会を犠牲にしかねないと思うので、私はどうも「うさん臭さ」を感じてしまいます。

 それに、どんな仕事であれ、自分の生活のためや自分が満足を得るためにしていないと言い切れる仕事はないでしょう。何らかのメリットを仕事から得ているのであれば、それは自分のためであると言えます。いくら地域づくりに邁進していても、やはりそこには、何かしらの打算や損得勘定が入り込んでくるものです。


 だからといって、結局は自分のためかというと、そうではありません。幾分かは人や組織、地域、社会のためになることもあると思えます。また思えなくても、結果的にそうなっていることはよくあります。

 また、人のため、地域のためと思うと、自分のための仕事よりも力が出ます。自分のために何かをするより、自分以外の何かや誰かのために仕事をする方が使命感もあるし、張り合いが出るのです。逆に、自分のためだけにする仕事には、どこかしら「むなしさ」が漂います。

 こうして考えてみると、答はどちらでもないということになるはずです。ある時は自分のため、また別の時には地域のためというように、同じ仕事の中でも自分のためと地域のためが混在するのがよい仕事ではないでしょうか。



 ちょうど異性(同性でも)と付き合う場合に、「あなたのことで頭はいっぱい、あなたのことばかり考えて生きている」といわれると、うれしい反面、引いてしまうのと同じです。あるときは「相手のため」、あるときは「自分のため」と思って相手と付き合ってこそ楽しいのではないでしょうか。どちらかに偏ると、二人の関係は危うくなるように思います。

 一貫した自分はいない、あるときは相手のことに一生懸命、ある時は自分の思いや欲望を満たすために相手と付き合う、複数の一貫していない自分があってもよいと思います。常に一貫しているのは「一貫していないこと」です。
author:SHIKIDA, category:地域づくり, 13:21
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新説 メディカルツールズム

 メディカルツーリズムがメディアで報道されることが多くなった。簡単にその意味を説明すると、居住地以外で医療サービスを受けることである。日本語では、医療観光と翻訳されている。

 私たちは病気や怪我をすると、医者にかかる。それは生活の中で起きることが基本であるため、生活圏に近い場所にある病院にかかることが普通である。特にプライマリーケアと呼ばれる、一般的な病気や怪我では、身近な家庭医などにまず行くことが多い。逆に、重篤な病気や高度な診断を必要とする場合には、専門医がいる大病院に行く。通常こうした大病院は居住地から離れたところにあることが多く、結果的に生活圏を出て他の街に行くことになる。喜んでというより、仕方なく行く、やむにやまれずという選択である。

 一方、メディカルツーリズムは「結果的に」遠隔地の病院に行くのではなく、最初に遠隔地にある病院の情報や知識を得ておき、そこで医療サービスを受ける(特に、検診や特定の病気・症状の治療を目指して)ために病院に行く仕組みである。そこには行く側の主体性や選択がある。

 医療といえば医療だが、身近でも可能な、または身近でサービスを受けることが基本である医療サービスを、わざわざ生活圏外で受けること、つまり医療サービスのために生活圏という境界を越境するのがメディカルツーリズムである。

 中でも海外に行くメディカルツーリズムが注目されている。その背景には、外国人旅行者の増加が見込める、高度な医療サービス提供による富裕層からの高額医療収入の魅力がある。シンガポールやタイでの患者受け入れ報道は、新聞時事などで頻繁に見ることができる。

 しかし、メディカルツーリズムのネガティブな面は、例えば以下のように指摘されている(森2013)。
1.税金や社会保養制度で維持されている地域限定の医療サービスを無差別に提供して、 負担者と受益者がずれる、
2.国外から病原菌などを持ち込む、
3.富裕層への医療サービス集中による国内医療の発展阻害などが指摘されている。

 この指摘からは、特定の医療と観光だけに限った利害関係者でメディカルツーリズムを進めてよいのかという疑問が生まれる。観光と言いながら、医療という自国の社会にとって重要なサービスを左右するので、社会的な議論や合意が必要である。しかし、こうした問題を指摘しても、メディカルツーリズムは、富裕層や高額所得者の生への執着や健康への飽くなき欲望がある限り、今後も拡大するだろう。

 ここまではごく当たり前の整理である。しかし、この医療と観光が融合したメディカルツーリズムから、ひとつの面白いことが連想できる。観光と医療の仕組みが非常に似ているということだ。

 観光は観光客と観光対象(資源やサービス)があることで成立する。その二者を結びつける活動が観光である(図1)。観光客は観光サービスを得るために対価を払い、観光地、である非日常空間に移動する。



 一方、医療はどうか、患者は医療サービスを受けるために病院に行く。そしてサービスを受けることに対して対価を支払っている(図2)。病院は普通の人にとって日常空間ではない。患者は、生活空間から非日常の病院空間に移動し、医療サービスを消費してまたに日常に戻る(ほとんどの場合)。


 このように考えてみると、観光の仕組みと医療の仕組みはきわめて近い。ホスピタリティとホスピタルは語源が同じだが、医療の仕組みと観光は構造的、システム的に類似点がある。

 このことを利用して考察できることは多い。例えば医者の選択の問題である。医者を選ぶ際には、医療サービスという本質ではなく、病院の設備や清潔度、アクセスの良さなど、医療サービスのレベル以外の要因で決めることが多い。例えば、出産のために産婦人科に行く場合、そこでの医療サービスの質よりも、出産入院の際の設備の良さや雰囲気、食事の内容が決定要因になっている(少なくとも身近ではそう聞く)。

 もちろん、こうした本質によらない選択を勧めているわけではない。本質が重要であっても、それ以外の要素で決まることが多い社会現象だと言いたいだけである。しかしだからと言って、本質に対する理解や尊重を忘れてはならないだろう。

魅力の源泉である観光資源が失われてしまい、観光に付随する施設や情報だけで観光客を魅惑し続けられる観光地がないことと同じく、医療サービスの源泉である医療技術や技能に対する尊重がない医療の提供もまた、持続可能ではないだろう。

<参考文献:9279>森臨太郎(2013)『持続可能な医療を創る − グローバルな視点からの提言』,岩波書店,162p.
author:SHIKIDA, category:コメンタリーな北海道, 20:50
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チーム活動の進め方:メンバーの主張の違いを超えて

 地域づくり学習では最近チーム活動がよく使われる。その際に課題が与えられて、チームで解決案をつくる学習が多く試みられる。ところが困ったことに、このチーム活動が楽しくないこともあるのだ。その原因のひとつに、意見が合わずに気まずくなるということがある。

 実は、チーム活動で意見が合わないケースにはパターンがある。よく見られるパターンは、問題点を指摘するメンバーと、あるべき姿を主張するメンバーに別れてしまうことである。前者の主張は、「問題はこれだからその解決方法を考えるべきだ」ということであり、後者は「理想の姿やビジョンがまず大事」だと主張する。



 この差を、問題解決が先か理想が先かという、「主義の差」や「個人の生き方の差」に入れ替えてしまうと解決は難しい。しかし、どちらも何とか課題を解いてチームでなんらかのアウトプットを出そうとしていることでは共通している。つまり、現状を改善するアイディアを出そうとしている思いは一緒なのである。違いがあるように見えてそれは、やり方、アプローチの違いではないか。

 そこで、この問題をアプローチの違いとして考えてみたい。
 前者の問題解決の提案を先に考えるメンバーは、「こうすれば地域の問題は解決するという提案」を具体的に提示する。次に制限時間の範囲内で実現可能性のある解決策を提案するのが、アプローチである。いきなり具体的な提案となるので、軽率に思えるが、実はその先に現状を観察や把握し、問題を分析していることが多い。

 一方、後者のメンバーは、理想状態を描き、「こんな地域にしたいね」というイメージや「あるべき姿」を提示する。そしてそのために必要なのはこんなことだという問題解決も意識するので、いわば順番を逆に考えていることが多い。もちろん理想だけの提案や、「あるべき論」にしかなっていない場合は要注意だが。



 このように考えると両者は同じことをやっていながら、順番が逆であるばっかりにかみ合わないことがわかる。なので、チーム内でそのことがわかっていれば、喧嘩や物別れは防ぎようがあるはずだ。

 ただし、順番の違いの他にも差はある。前者は問題発見、つまり「悪いとこ探し」からスタートして、批判的になりがち、または第三者目線で見て、問題があるから直してやろうという姿勢になりがちである。一方後者は、理想を追うので、自分を対象地域に没入させ易く、地域の良い点を認めて伸ばしてやろうという発想を持つことができる。つまり主体的に考えることができる。

 このように考えると、できれば最初に地域の良いところを探して、それがうまく活かせるように工夫する、そしてその障害になっている要因を解決する方が、多少なりとも前向きで、メンバーとしても一緒にやっていて楽しいように思える。問題を見つけて、つまりあら探しをして、その問題を解決することに呻吟するより、チャレンジングでもある。

 ただし、上記の二者の違いはあくまで思考の順番の差なのだから、リーダーやファシリテーターが意識していれば、うまく組み合わせることもできる。また分業や補完関係を意識すれば、チーム内の軋轢も減るに違いない。

 このようにアプローチの違いと考えることで、チームメンバーの違いを前向きに捉えることができるだろう。




○蛇足になるが、地域の良い点を見つけるためにSWOT分析や地元学を使えば、地域の良さを先に見つけ出した上で、問題解決策を提案できるだろう。この点で、企業でよく使われるSWOT分析も地域の良いとこ探しには使える。


○チーム活動だけではなく、実際の地域づくりや研究でもこうした傾向は認められる。前者のような方法は、「アクションリサーチ」と呼ばれる方法に近く、解題を見つけて原因を探り、そこから解決策を提案するやり方である。

 一方後者は、「アプリシエイティブインクワイヤリー」と呼ばれる、自分たちの強みを見つけ出し、理想的な状態を想定した上で、そのための解決方法を探るやり方である。アプリシエイティブインクワイヤリーの方が、やっていて楽しいので、当事者にとっては確かに優れている。しかし、前者の問題発見解決プロセスも、後者の解決策の提案には必要なので、やはり組み合わせを考えることが現実的であろう。
author:SHIKIDA, category:地域づくり, 14:13
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意見が合わないチーム活動をどう乗り切るか

 相手と意見が合わないという「苦悩」を味わうことは、チーム活動でよくあると思います。そんなメンバーとは一緒にやらなくてもいいという特殊な例を除き、チームは意見を調整してこそ成果が出る仕組みです。ですから、それを乗り切らないといけません。

 しかし、実際のチーム運営では「問題児」も多く、リーダーやファシリテーターは苦労していることでしょう。さて問題児のいくつかのパターンをあげてみます。

  経験大魔神-自分の経験は正しく、その意見を聞くことが解決になると信じる
 重箱大明神-物事を抽象化、つまり一般化できず、細かいところにこだわるだけ
 原則大王-とにかくこだわって創造的な発言ができない
         

 こうした人たちは、自分がメンバーどのような役割を果たしているかが見えていないので、チーム活動に一生懸命なあまり、症状が出てしまうのです。もっともこうしたことに気がついているのは、リーダーやファシリテーターで、本人は全く気がついていません(あなたのことかもしれませんよ・・・・)。



 もし、あなたのチームにこんな「経験大魔神」が現れたらどうすれば良いでしょうか。ひとつの対策は、ファシリテーターによる「抽象化」です。経験大魔神の発言があったら、「なぜそう思うのですか?」、「そう考える根拠(わけ)を教えてもらえますか」という問いが効果的です。もちろん、ダイレクトに聞くと角が立つので、「何でそうなのでしょうね?」みたいな聞き方がよいと思います。これはファシリテーターやリーダーがやってもらいたい役割です。

 厄介なチームメートは、沖で嵐に遭うよりもひどく、港の中で嵐に遭うようなものですが、厄介な人の頭も頭です。チームの皆さんが使うことができれば、チームはより効果的に解決を提案できるでしょう。そのためには、どんな相手からでも学んでしまう能力が重要です。

 またメンバーとして、チーム内で発言するときの留意点は、自分の意見が理由や根拠を伴っているか考えるということにつきます。しかし、まちづくり学習では、「俺は見た」や「私は体験した」型の発言が目立ちます。

 こうした発言をする人たちは「純朴」なので、見たままを語ります。それは経験に基づくことなので、大切ではあるのですが(発言は断言的なので迫力もあります)、たまたまそうだったかもしれず、検証されていないことばかりです(失礼、ことも多くあります)。それに、よく考えれば、たかだか10年や20年の経験です。


    
 最後に強調したいのは、発言や思考の抽象化練習の大切さです。事実や現実には因果関係や理由があります。また同じような事実にはひとつのパターンがあると考え、抽象化して、仕組みプロセスを明快にすることをお勧めします。そうすれば、細かい些細な事実にとらわれずに、コアな仕組みが設計できます。難しく言えば、「科学的な思考」で、このセミナーが皆さんに身につけてもらいたいと目指していることでもあります。

 では次回のセミナーで効果が出ることを祈って(いや期待して)。

 ちなみに、参考になる本としてお勧めは、森博嗣(2013)『人間はいろいろな問題についてどう考えていけば良いのか』新潮社、です。
author:SHIKIDA, category:地域づくり, 10:38
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チーム活動はまちづくりに役立つか

 チーム活動の訓練をするセミナ−が増えてきている。特にまちづくり系のセミナーでは、まちづくりは個人ではできない、チームで何かを達成することがまちづくりでは重要だということで、最近増えてきているように感じる。

 私も、観光まちづくりのための「北の観光リーダー養成セミナー」では、チーム活動を推奨し、基本的にはチームで学んでもらうことにしている。それは、受講生を椅子に座らせて、講師が一方的に話して知識を注ぎ込む、「座学」と呼ばれる授業方法の効率の悪さに辟易しているからでもある。



 ところがこのチーム活動は思った以上に大変である。誰が何を進めていいのかがわからない。リーダーや書記など、最初にチーム活動での役割を決めても、その役割分担で果たす役割すら理解されないことも多い。いや頭でわかっていても、活動をスタートさせたとたん、自分の役割を忘れて、自薦リーダーや自称ファシリテーターがチーム内に次々現れるのだ。

 ではどうしたらいいだろうか。実は、チーム活動を効果的に進めるコツや方法はある。ファシリテーターの存在はその1つだろう。しかしファシリテーターで解決できるのは、その場の問題に限られる。つまり、ファシリテーターの力が及ぶ範囲ということだ。

 チーム活動で出会う困難の1つは、メンバーの知識量がばらばらで、共通言語が持てないことである。同じ日本語を使いながら別の意味を頭で考えていることも多い。そのため、何でこんな簡単なことがわからないのか、という「絶句」がチーム活動ではしばしば聞かれる。

 こうした「障害」を乗り越えるには、事前の知識の量と質を共通化することと、チーム活動の方向性や意味をメンバーで共有することが必要である。つまり、同じ知識と同じ目的意識をチームメンバーが持って、いわば望ましいチームを形成することである。

 そうすれば、恐らくパフォーマンスのよいチームとなるだろう。それに、そもそもチームというのは、同じ方向を向いているメンバーの集まりと言えないこともない。

     

さて、では実際のまちづくりでそれは可能だろうか?

 先に答を言えば、それはノーだ。なぜなら、地域には、多様な参加者がいて、知識レベルも目的もばらばらで、それぞれがそれぞれの思いや目的に従って生きていることが普通だからだ。    

 そのため、メンバーが同じ知識を持ち、同じ方向を向いて進む状態になること自体が、狭義のまちづくりとなる(ただし、こうしたまちづくりを理想的と言っているわけではない)。

 しかし、学んで知識を持つことや同じ方向性を共有することを強制することは、排除の思想でもある。そのため、実際の地域では、短時間でそれを進めるのではなく、どの方向性を選択すべきか関係者で「熟議」し、その中から合意が生まれる、時間をかけた「ガバナンスの形成」が必要である。

 また各人の知識量に差があっても、それを埋めるために相互刺激することや協働学習会を自主的に開催し、知識量の少ない参加者を補う、または全体としてカバーすることがポイントになる。

 さて、セミナーでのチーム活動の学びは実際のまちづくりに生かせるだろうか。答はイエスだ。ただし、教室のチーム活動との時間の長さの違いを理解していなければならない。

 地域でチーム活動をする場合には、地域の時間の長さを知る必要がある。そうしなければ、時間に制約がない中でのチーム活動の練習でハイパフォーマンスを出せても、実際の地域では大きく違和感を感ずるだろう。

   

   

author:SHIKIDA, category:地域づくり, 11:06
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 ポジティブアプローチな地域づくり


 地域づくりを進める場合には、地域を支援する専門家と呼ばれる人々が参加することが多い。国内の場合はそれを、地域づくりに関係するコンサルタント会社、大学の教員、または地域づくりを各地で指導する「地域づくり人」が担う。

 その際の専門家の役割はかなりはっきりしている。高度な目標を設定して、そこに到達するように地域の人々を励ます、または叱咤激励する。そして、その励みに応じて支援するというやり方である。時には、地域の人が動かないことを批判し、他の成功事例を紹介して、「こうしないとだめだ」、「こうすればうまくいく」というアプローチを取る。

 地域では地域づくりができていないので、近い将来はできるようにするのだという、現在の否定と未来の肯定をセットにした方法である。しかし、この地域づくりは、当該地域の「地域力」や地域構築能力のなさを批判し、それを身につけないとだめだという、いわば「脅迫」のようなものである。



 これに対して、このプエルトプラタで進められてきたアプローチは、「ポジティブアプローチ」と呼ばれる、地域の人々のよいところを認め、そこをできるだけ評価して伸ばして行く方法である。

 9つあるプエルトプラタ県のムニシピオで、10のUMPC(地域力向上ユニット)が結成され、そこで資源を発掘し始めた。その活動では、支援者である専門家ができるだけ地域関係者を肯定し、「できるじゃないです」か、「できるでしょう」、というポジティブアプローチをとった。

 それが結果的に、コロンブスによる侵略以降、近年まで長らく独裁政権による中央集権下に置かれてきた人々が自律的、主体的に行動するきっかけとなった。自分たちで地域資源を発見し、それを評価したうえで、地域資源を使ったツアーやクラフトを創り出したのである。



 もちろんひとつひとつの活動を見れば、成果は小さいと批判されるかもしれない。しかし、ポジティブアプローチによる「肯定」によって、自分たちでできたということが自信につながり、そこから次のステップに自ら進む地域づくりが始まっている。それは自らが考えつくり出す「創造的な活動」でもある。

 それに加えて、地域活動の目標が「地域観光の創出」であったことが幸いした。エコツアーをつくっても、おみやげになるクラフトをつくっても、さらに地域イベントを開催しても「観光」につながり、成果となる、とても「柔軟性がある仕組み」だからである。

 その点で、観光を利用した地域づくり(観光振興を目的とした地域づくりでなく)は、地域での創造的な活動を惹起し、そこから地域の主体性を呼び出すことができる。それは観光地域づくりの最大の特徴である。

 それを忘れずに観光地域づくりに取り組もう。もちろんポジティブアプローチで。地域には何もないのではなく、資源も人も能力もある。


author:SHIKIDA, category:ドミニカ共和国, 00:11
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豊かに見えるドミニカ共和国の街
 

 ドミニカ共和国の街を案内してもらいながら感ずることは多い。途上国支援の仕事できているので、ともすれば進んでいる日本と開発途上のドミニカという見方をしてしまいがちだが、実際にはそう単純ではない。それが時に自分の中での矛盾となって、悩むこともある。 
 

 一番感じたことは、途上国のドミニカ共和国の街に人がぶらぶらしていることである。先進国である日本の地域づくり現場で聞く悩みは、「街に人がいない」、「通りを人が歩いていない」ことだが、この国の地方の街には人が歩いている。町並みの各所で所在なげにうろうろしている男や女がいる。カフェや飲み屋の店先でぼんやり立っていたり、声高に何かをまくし立てている男たち。それは、日本の街で失った光景だ。



 頑張って働いて、立派に経済成長を遂げると、街から人が消えた。何だか「ハーメルンの笛吹き男」の話のようではないか。もちろん、高度経済成長や豊かになること自体が悪いわけではない。

 しかし、豊かになると人が街から消えるのは、何とも言えずつらいことである。そして都市はその逆で、豊かになるほど人があふれ、働き口の心配をしなければならないほど人が集まり、常に何らかの目的を持ってあくせくと移動している。

 ただし経済成長や発展自体を否定しているのではない。貧困や病気の人が生きていくことが大変な社会は、何とかしなければならない。解決は必要だ。特に経済成長から取り残されていく地方の地域には目を向けなければならないだろう。



 ドミニカ共和国の観光地域づくり(「官民協力による豊かな観光地域づくりプロジェクト」)では、そんな地方の小さな街を豊かにしようとして試行錯誤が続いている。その実現の先にある豊かさが、日本の地方のような人気のなさであってはたまらない。何かが違っていなければならない。そんな悩みを抱えながら街々を案内され、インタビューを続けている。

 ところで、このプロジェクトに関わったきっかけだが、プロポーサル段階で、私たちが開発した観光地域づくりモデルを採用して提案が行われたからだ。そのモデルは下図のようなモデルだが、このプロジェクトの一部を支えている。研究の結果が役にたち、実践される場所が生まれているのはうれしいことだ。




 このモデルのオリジナルは、敷田麻実ほか(2009)『観光の地域ブランディング−交流によるまちづくりのしくみ−』,学芸出版社,190p.


 最後に、今日10月12日はコロンブスが新大陸にたどり着いた日だった。ルペロン市のライザベラ、コロンブスが最初に家を建てて住んだ街をたまたま訪問していた。この日を記念したフェスティバルがちょうど開かれていた。サンタマリア号で到着したコロンブス一行を模した寸劇をしていた子供たちが凜々しく見えた。



      
 以下ドミニカ共和国の主要データ(外務省のドミニカ共和国HPから転載)

1.面積
 48,442平方キロメートル(東北6県から岩手県を除いた広さ)
2.人口
 約1,028万人(2012年:世銀)
3.首都
 サントドミンゴ
4.民族
 混血73%、ヨーロッパ系16%、アフリカ系11%
5.言語
 スペイン語
1.主要産業
 観光業、農業、鉱業、繊維加工、医療製品製造、サービス業(コールセンター等)
2.名目GDP
 589.55億米ドル(2012年:中銀)
3.一人当たりGDP
 5,762米ドル(2012年:中銀)
4.経済成長率
 3.9%(2012年:中銀)
5.物価上昇率
 3.91%(2012年:中銀)
6.失業率
 14.3%(2012年:中銀)
7.総貿易額


(1)輸出9,079.10百万ドル(2012年:中銀)(2)輸入17,758.00百万ドル(2012年:中銀)
author:SHIKIDA, category:ドミニカ共和国, 12:31
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ドミニカ共和国に咲く地域づくりの花


 今日は1日UMPC(正式には地域力向上ユニット)の会議に参加していた。ドミニカ共和国プエルトプラタ県では、このUMPCという仕組みを中心とした観光地域づくり(官民協力による豊かな観光地域づくりプロジェクト)が進んでいる。

 地域力向上ユニットという呼び方はとても堅苦しいのだが、正直なところ、実際やっていることを見れば、その名前がまったく妥当だということが解る。結果的に地域力が向上する仕組みであり、その手段としては優れた仕組みだ。



 組織的に見れば、UMPCは地域のごく普通の人たちで構成されている、地域委員会のような仕組みである。地域づくりに関係する団体や役所のメンバーも入っているが、それは所属組織を代表しているのではなく、むしろ、その勤め先で持っている権限や技能を活用して参加していることが特徴である。またほとんどの参加者が、それぞれ別の仕事を持っていて、副業のような立場で参加してきていることも特筆できる。

 このUMPCでは、最初にメンバーで地域資源の調査を進め、見いだした地域資源、これには花や木などの植物や特定の動物、地域文化、出身のスポーツ選手など様々なものが含まれるが、いずれにしてもこれらは、地域の多様な関係者が見いだした、地域の多くの住民が納得できるものである。



 そして探し出した資源から特定のものを選んで、資源から商品やサービスを造り出す工夫をしてきた(上記表参照)。それが地域(ムニシピオ)のブランドとして商品化されている。地域内外でそれを販売することがその次のステップになるが、そこで生ずるのが「地域アイデンティティ」の回復、つまり自分たちの地域の重要性や自分たちの地域への愛情を再確認することだ。



 さて、今日の会議に話を戻せば、プエルトプラタ県に10団体あるUMPCの連合会(RED)をつくろうという話し合いだった。各UMPCは地域の小さな団体で、活動の停滞や情熱を失って人が離れることも想定される。そうしたときにこのUMPCだけで修復を試みることには無理がある。ぞれぞれの参加者は無償のボランティア活動なので、責任は限定的だからだ。

 それを防ぎ、地域としての「レジリアンス(回復力)」をつけることが、連合会の仕組みで実現できる。つまり相互支援である。また支援だけではなく、相互に協働することや、交流による知識創造も可能であり、そこには途上国であるかどうかを問わない、新たな地域づくりの可能性が見えてくる。
author:SHIKIDA, category:ドミニカ共和国, 12:22
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再訪の国:ドミニカ共和国
 日本から見て地球の裏側に位置する、時差にして13時間の国「ドミニカ共和国」を再訪している。気安く観光でどうぞ、と言えないほどの距離であり、ドミニカ共和国の印象といえば、野球が強いことくらいというのが正直なところだろう。



 そんなドミニカ共和国に、昨年に引き続き、仕事のために二度目の訪問をすることになったのは、国際協力事業の現場での仕事である。その仕事とは、国際協力機構(JICA)の支援で、ドミニカ共和国政府「観光省」および「職業訓練庁」との連携によって実施されている「官民協力による豊かな観光地域づくりプロジェクト(2010−2013)である。

  事業現場からのレポートはこちら
         
 ドミニカ共和国到着2日目の今日は、マナティの生息地をガイドする地域ガイドの活動を見に行ってきた。昨年の訪問で訪れることができなかった場所である。現地事務所のあるプエルトプラタから車で80kmほどの現場である。



 
  マナティの生息地は農地や低湿地に囲まれた幅50mほどの海峡とまでは言えないほどの狭い水路であった。現地ガイド5名が参加してくれた中で、ガイドを受けるのが私1人なので、大変すまない気持ちになるが、それはそれで仕方ない状況である。
         
 設定としてはガイドがついたエコツアーであり、その手順に従って5人からそれぞれ説明を聞きながらコースをたどる。彼らは5月から7月までの3か月間、週2回のインタプリテーション研修を受けているが、決して解説のレベルは低くない。エンタテイメイント力もあり、楽しませてくれるガイドで、仕事は評価できる。



 一通りの説明を受けた後、マナティの生息している場所を見下ろす展望台まで行った。運がよいのだろうか、ちょうど展望台から5頭のマナティを見ることができた。

 マナティの生態は、オーストラリアの大学院でジュゴンの生態と比較しながら一緒に習ったが、同じ海草食(アマモを食べる)でありながら、マナティは、浮いている海草も食べるし、ジュゴンは海底にはえているものをなめるようにして食べると習った覚えがあるが、確かではない。教えてくれたのは、指導教員のヘレンマッシュ(Professor Helene Marsh)だった。

  ただ、留学の際に自分がやりたかったテーマは彼女の専門と少々異なり、Heleneの仕事の学問的な価値や学会での評価はほとんど無知だったことが悔やまれる。確かではないと言うくらいだから、出来のよくない学生であったことは「確か」だ。



 さて話を戻せば、マナティツアーでは8月から約300人をガイドをした実績があがっている。場所は決して便利なところではなく、むしろ都市部からは離れているが、それでも2か月半でこの人数は評価できるだろう。

 この土地にはごく最近までマナティを狩猟対象として食べていた歴史がある。しかし、環境省が禁止するまで、その価値に気がついていなかった地元の住民が、マナティと関わることで、マナティのような希少生物を保全しているこの土地に愛着を感じ始めていることが、この地域で行われている国際協力事業の最大の成果だろう。

author:SHIKIDA, category:ドミニカ共和国, 12:15
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キーパーソン思考からの脱却
 

 地域づくり、まちづくりで必ずと言っていいほど出てくるのが、「キーパーソン」だ。言葉どおり、鍵となる存在であり、その人がいることで物事が進むという大事な人である。

 しかし、単純に信じていい言説なのだろうか。確かに説明としては解りやすいのだが、なんとなくうさんくさい感じもする。その原因は、どうしても、誰かのおかげ、または誰かの力でという説明の解りやすさに起因する。つまり、「○○さんがいたので、まちづくりが進んだ」という説明は、話す方にも聞く方にも納得がしやすいということだ。

 本当だろうか。いや本当のことは多いだろうが(あえて完全否定しない)、説明がしやすいので、実際には大勢が関与してできたことでも、誰かのおかげにしているのではないかということだ。
         
 このことは、リーダー論とも関係する。つまり、「リーダーの○○さんがいたのでまちづくりができた」という説明だ。○○さんはリーダーとしてはとても優れていて、「やっぱりまちづくりには優れたリーダーが要るね」ということになる。逆に言えば、優れたリーダーがいないとまちづくりは進まないと言うことにもなる。

 

 このことに対しての直接の回答にはならないが、Valdis Krebs and June Holley ( 2006 )「 Building Smart Communities through Network Weaving 」という研究がある。

 この研究では、まちづくりの初期は、地域にある小さいネットワークをつなぐことが大事だと指摘している。つまり、まちづくり活動は既にあるのだが、それが散在していることが多いので、結びつけることで相互作用やネットワーク効果を狙おうということだ。
         
 つまり既にある小さいネットワークを調べて、その小さいネットワーク同士をつなぐのがまちづくりの一歩目だということである。もちろん、そのネットワークを結びつけることは、その小さなネットワークのリーダー同士を結びつけることになることは多い。その点ではキーパーソンへの着目と言えないこともない。しかしキーパーソンは複数いると言うことがこの研究の違いである。



 また、それを結びつける存在こそがキーパーソンであるという指摘があるかもしれないが、それは一時的な役割である。そして、それを1人に任せ続けると、依存度が高くなり、抱えきれなくて崩壊することも研究は指摘している。次の段階に移る必要があるのだ。

 ということで、キーパーソン発見ではなく、「キー活動発見」をまちづくりで試みてはどうかというのが今日の提案だ。それは、もう一度、まちづくりの担い手は誰か、リーダーは誰かについて考えルチャンスでもある。
          

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   9月21日から2013年度の「北の観光リーダー養成セミナー」がスタートする。これからのまちづくりリーダー養成は、キーパーソン同士をつなげる「ネットワークを紡ぐ人」の養成でありたい。

 キーパーソンにかんする同じような指摘は、敷田麻実(2011)「専門家として地域にどうかかわるか〜「ゆるやかな専門性」と「有限責任の専門家」の提案〜」でもしている。
author:SHIKIDA, category:コメンタリーな北海道, 13:17
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アンネ=フランクの暮らした街:アムステルダム
   アムステルダムには美術館や博物館が多い。実際、訪問客の85%が、市内の美術館や博物館訪問を体験している(Amsterdam visitor profileによる)。その中でも際立っているのが「国立美術館」と「ゴッホ美術館」、そして「アンネフランクの家(以下「アンネの家」)」である。

 もちろん、前二者と「アンネの家」は少し性質が異なる。アムステルダム中央駅から歩いて数分のプリンセン運河沿いに立地するアンネの家は、「アンネの日記」で有名なアンネフランクが1942年7月6日から1944年8月4日まで2年1か月を過ごした場所である。ここは展示と言うより、存在そのものがナチスドイツや戦争犯罪に対する「メッセージ」となっているところに特徴がある。
         
 アンネの家は観光客の訪問先としても人気があり、毎年110万人が訪れている。これはアムステルダムの年間観光客数、2010年で530万人を考えれば、高い割合である。実際、アンネの家は、滞在期間中いつ訪れても長い列ができていた(ネットのHPから予約もできないことはない)。


         
 滞在先の大学の事務職員エルフィンの、アムステルダムの美術館や博物館は開館前に並んで入るのが一番すいていて良いとの勧めに従って、ピーク時間を外して訪問した。しかし、それでも1時間待ちであった。人気のほどがわかる。

 ただし、観光客の再訪の割合は国立美術館が34%、ゴッホ美術館が28%に対して、アンネの家は16%と低い。展示内容がほぼ変わらないので、一度訪問すれば事足りると考える観光客が多いのであろう。

 また、入館者の6割が30歳未満であり、多くは米国から訪れる。これは、アムステルダムへの観光客の中心は21-30歳の年齢層(全体の30.5%を占める)傾向を反映しているのだろうが、若年の訪問者が多いことは、出版された日記の影響でもあろう。 



  アンネの家近くの西教会前に立つアンネの像


 屋外の入館待ちの列での友人との談笑が途絶えた館内では、展示物や保存されている室内を見て、黙々と順路をたどる観光客からの無言の圧迫感がある。自分もその中の一人として、この建物で70年前に起きていた現実を共有しようとしていた。
 

 アンネの日記は世界で聖書の次に読まれていると言われるほどのベストセラーであり、ナチスドイツの戦争犯罪を語る際には切り離せないものになっている。しかし、正直に言えば、オランダに来る前まで、アンネ=フランクとアムステルダムは私の中で一致していなかった。ここに来て、アンネ一家が隠れていた場所が、訪問先のアムステルダムだと言うことすら知らなかった自分の不勉強を恥じた。

 アンネの日記の存在は恐らく小学生時代から知っていたが、手に取ることもなく今に至り、その内容の紹介や解釈を幾度となく聞かされたために、読んだ気になって、あえて手に取る気さえ失せてしまっていた。




 日記すら読んだことがない、そんな私が、アンネが体験しただろう閉塞感と恐怖、自由な外の世界へのあこがれを共有できたのは、最上階の高窓を見たときだった。アンネたちは、この小さな高窓から、わずかな時間だが外の世界を覗き、風のにおいや開放感を感じていた。

 大学時代に3か月乗船したマグロ漁船の居室は、狭くすえたにおいがする場所だった。しかし、自分のスペースの脇には小さな丸窓があり、そこをあけると陽の光と外の空気がわずかに入ってきて生きかえるようだった。
         
 死の恐怖と隣り合わせのアンネとは比べようもないが、漁船の過酷な労働の合間で体験した外の世界への憧れの記憶は、アンネ一家たちに共感する体験となった。
author:SHIKIDA, category:アムステルダム滞在, 17:42
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世界最大の花市場:アルスメールの花々

 農業分野で世界的な存在の高いオランダは、花卉栽培でも大きな存在感がある。その例を花卉市場に見た。

 観光ガイドブックに載っていることも多い「アルスメール生花中央市場(略称V.B.A)(以下、アルスメール市場)」は、アムステルダム市の南西に位置する。だいたいの方向は、スキポール空港のすぐ南で、アムステルダム市内からは172番のバスで3、40分ほどかかる距離である。
         


 最寄りのバス停(Legmeerdijk、運転手に確認することをお勧め)に到着すると、正面には花市の大きなロゴがオレンジ色に輝いている。建物は地味だが、正面玄関近くの花壇はよく整備されていて、ちょうどこの季節はラベンダーが紫のカーペットを広げ多様に咲いていた。

 アルスメール市場はガイドブックに掲載されるだけあって、観光客向けの見学路が整備されている。見学料を払って中へ入ると、花々が並ぶフロアーを見下ろす位置にデッキが延々続いていた。到着が遅めだったので、セリが終わるからと急かされてデッキへの階段を上る。



  この広さをどう説明すれば良いのだろう。同じような感覚は、以前、アメリカワシントン州のエベレットにあるボーイング社の工場を見学した時にも味わった。まずは建物の反対側の壁が見えないと言えばいいのだろうか。

 しかし、アルスメール市場は、ボーイング社工場に横たわる巨大な機体ではなく、花々で埋め尽くされる。ひとつひとつは小さな花が、この巨大な空間を埋め尽くすことが、まずもって驚きである。



 アルスメール市場の年報によれば、市場の年間売上高は44億ユーロ(5720億円)であり、それを4,000人の従業員が支えている。確かに広い市場内では、カートを細かく操って、いくつもの花カートを引き連れて移動させている係員たちがいる。衝突を防ぐためだろうか、けたたましい警笛音をひっきりなしに鳴らし、さながらその光景は、アリたちがえさを巣に運んでいるようだ。

 アルスメール市場に入荷する花の77%がオランダ国内で生産されている。残りの23%は海外から持ち込まれるが、その原産国は、ケニア(40%)、エチオピア(20%)などアフリカが中心である。また、品物としてはバラが40%を占めている。一方、出荷先はドイツが30%、イギリス14%などヨーロッパ各国であり、日本をはじめとするアジア各国はトップ25カ国の輸出先には含まれない。



 これが世界最大規模の花卉市場の姿である。もっとも第二位は東京にある東京都中央卸売市場大田市場だが(農林水産省資料から)、こちらは国内向けが主流である。

   この差は両市場の立地の違いにも現れている。アルスメール市場はスキポール空港に隣接し、そこから直接海外市場にもアクセスできる。また陸路でトラック輸送すれば、ボーダーレスなEU圏内に広く「輸出」可能である。その点では、輸出といっても域内消費向けと考えることもできる。

 さて、アルスメール市場の歴史を紹介した展示室では、荷車に花を満載しセリ場に運び込んでいた牧歌的時代の写真を展示している。一方、目の前の花卉市場は、生鮮品である花を遠くはアフリカから取り寄せ、たちまち仕分けてヨーロッパ各地の花屋の店頭に配送する。4,000人の従業員のノウハウとIT技術によって支えられた現代のシステムは、日持ちしない花の美しさが失せる前に、店頭の消費者にたどり着かせるクーリエである。

author:SHIKIDA, category:アムステルダム滞在, 21:28
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エダムチーズの街エダム
 

 オランダはチーズの故郷である。他の世界的な産地同様、産地ブランドとして評価されている。オランダのどの町にもチーズ専門店があり、店内を覗くと、陳列棚に並ぶ大きな黄色の円盤型チーズに圧倒される。酪農国であり、チーズの国であるオランダの特徴のひとつである。

 アムステルダムから北へバスで30分ほどの町エダム(Edam)」は、世界のチーズ消費量の20%を占めると言われる「エダムチーズ」の名前の由来の町である。チーズに詳しくなくても、エダムチーズの名前を聞いたことがある人は多いはずだ。



 エダムでは7月と8月の毎週水曜日10時30分からの2時間、観光チーズ市が開催されている。今日はそのチーズ市を見学した。

 アムステルダム中央駅の北側2階にあるバス停から314番のバスに乗る(行き先は運転手に確認必要、HP「9292」で時刻表を調べるのがお勧め)。エダムのバスターミナル(エダムバスステーション)までは、農業地帯の眺めを楽しめる快適な移動である。

 街の南にあるバスステーションに到着すると、道路をはさんで向かい側の駐車場では、すでに整理のためのテープが張られている。250台あまりの見学客の車が駐車するので、かなり広い。ピークの8月には、600台収容するという。一台あたりの収入は4ユーロなので、今日だけでも1000ユーロ(2013年7月現在で約13万円)が得られる。



 チーズ市は、ターミナルから北へ200メートルほど行ったチーズの計量所の建物の前で開かれている。実際のチーズ市は1922年に終了してしまい、現在のチーズ市は1989年に観光用として再開された。

 観光客は1000〜1500人ほど、50メートル四方の会場をぐるりと囲み見学する。見学は無料である。開始から2時間延々とチーズのセリのプロセス、搬入、品質査定、価格交渉、計量、搬出が続けられる。楽隊の演奏がついて賑やかなのは、実際のセリがあった当時とは異なるのだろうが、演出としては十分である。

 

 こうした演出のためにはそれなりの「練習」が必要なのだろうと思ったが、世話をしている女性の「そんなの簡単」の一言で片付けられた。年に1回、バーベキューで関係者の親睦を深めれば十分だそうだ。

 ただ、完全にショー化された、つまり計算された演出ではなく、むしろ田舎芝居風で、見ていても暖かみがある。一応司会者の女性がいるのだが、彼女自身途中でコーヒーを飲んだり雑談したり、リラックスした雰囲気で緊張感はそれほどない。



 このチーズ市では、チーズの知識はなくても、また言葉の問題(一応英語の解説あり)はあっても、一通り見ていれば市のプロセスは理解できるし、衣装や掛け合いの動作から食品としてのチーズの生産工程が持つ「文化」を知ることもできる。その点ではチーズをただ買って帰るだけより、こうした市を見てから買って帰る方が、食品製造の持つ背景がわかってよいだろう。

 一方、こうした観光客にとってのメリットに加えて、チーズ市を開催するエダムの町にもお金は落ちている。観光客の訪問によってチーズ市周辺のレストランや小売店は賑わい、売り上げも上がっている。こうした商売から寄付も得られているので、地域にとっての副次的効果はある程度認められる。



 ただし、チーズ市の開催自体は非営利である。見学は無料、ボランティアで開催しているので、チーズ市に関係する90人ほどの人たちにとってメリットはない。さらに、チーズ市の開催には、衣装や道具の維持、消耗品の補充も必要だ。

 この点については、チーズ娘や子供たちの出演者以外は退職者で、楽しみのためにやっているので、人件費がかかっていないこと、地域外のチーズ製造会社、BEEMSTERからの支援と、周辺の小売店からの寄付と前述した駐車場収入があること、で維持していると考えられる。



 最後に、今のチーズ市の規模で良いのかと言うことを考えてみたい。チーズ市を開催すれば1000人以上集まるので、週1回の開催ではなく毎日開けばもっと集客できるのではないかという意見があるだろう。観光客にとっても、いつ行っても見られるのでありがたい。

 しかし、それは地域の供給能力を超えた資源提供となる可能性があり、また見学機会の過剰供給になる可能性もある。だから観光客はいつでも見ることができて便利だが、エダムにとってそれが正しい選択とは言えないだろう。
author:SHIKIDA, category:アムステルダム滞在, 00:54
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地図を持たない無謀なハーグへの小旅行
 

 ハーグ
(Den Hague)は国際司法裁判所(写真上)があることで有名なオランダの首都である。アムステルダムから列車で50分あまり、日本国内で言えば、都道府県内の近距離移動に近い距離だ。

 ハーグにはレンブラント=ファン=レインやヨハネス=フェルメールなどの絵画が有名な「マウリッツハイス美術館※」や市立美術館がある。そのほか、各国の大使館などが立地する。監視カメラと高い鋼鉄製の塀で厳重に警備されているので、一目でそれだと解る。



     【国会議事堂前】

 オランダ滞在も3週間目だから、他の街でも同じだろうから、なんとなく歩けるだろうとたかをくくって、地図すら持たずハーグを訪ねたのは失敗であった。午後だけの気軽な訪問のつもりでハーグ中央駅に着いたが、これがまた何もない駅だった。


 観光案内所すら駅で見つけられず、また持ち合わせもほぼOVチップカールトというスイカのようなカードだけで、現金もほとんど持っていないというミスが重なった。観光地ではないので、VISAカードすら使えない場所が多く、困ったなあという半日だった。


 仕方ないので、通りがかりの人に片っ端から聞いて、デン・ハーグ市美術館に向かうことにする。この美術館ということを伝えるのがさらに至難の業で、こちらも美術知識が乏しい中、レンブラントがあるはず、くらいのことしか言えない情けなさであった。




     【ビネンホフ】

 ともかく何とか意思の疎通をして、ハーグ中央駅から17番のトラムで目的の美術館へたどり着く。行くべきは「デン・ハーグ市美術館(Gemeentemuseum Den Haag)」であったが、この名前すら覚えずに、市立美術館とだけの記憶に頼ったことを反省する。ほんとうに「賢い旅行者」ではない。

 しかし、地理や言葉にこれほど問題があると、九州より少し小さい国土で、同じ様な交通システムを持つコンパクトな国ながら、やはり地域差はあると感じる。

 アムステルダムは観光地化され、多様な来訪者を受け入れるように慣れてしまっている。一方、ハーグは確かに来訪者を受け入れるが、それは外交官であったり政治家であるような、目的を持った訪問であることが多いので、こうした差になるのだろう。

 街全体を見回してもアムステルダムの猥雑さ(それはそれで魅力があるが)とは一線を画している。





 目的地、デン・ハーグ市美術館(写真上)で現在展示されているレンブラントの作品、「テュルプ博士の解剖学講義 (1632年)」は確かに一見の価値がある、はじめて描かれた集団肖像画、つまり複数の人物を同時に描いた絵画である。

 しかしそれよりも、解説で聞いた、当時既に複数の画家による分業や、師匠と弟子が協働で作品を創る仕組みが始まっていたということに興味を引かれた。

 師匠と弟子の場合、師匠の名前になって残ってしまう絵画が多いという説明は、自分の仕事である科学論文作成にも当てはまり複雑な思いだった。創作と独創性は、その評価者でもある当時の社会のパトロンや絵画購入者たちとの関係で決まってゆくのだろう。




※ マウリッツハイス美術館は2012.4〜2014半ばまで改修工事のため休館中。 レンブラント「テュルプ博士の解剖学講義」などはデン・ハーグ市美術館で展示公開している
author:SHIKIDA, category:アムステルダム滞在, 10:19
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北海道に似た景観−オランダの農業地域
 アムステルダムから列車で、南部の街ハーグやライデンへ向かうと、農業地帯を通過する。車中はきわめて快適で、眺めもよい。都市間の高速列車は「Intercity」と呼ばれていて、総二階建ての車体である。高い2階の座席に座ると、窓からの眺望がよい。



 アムステルダム中央駅を出て10分もすれば、農地の区画も広く、ゆったりとした農業地帯になる。都市の規模が日本に比較して小さく、それがまた地域ごとにかたまっているオランダは、ちょうど農業地帯という海に、小さな都市がいくつも等間隔で浮かんでいるようなものだ。その点では「島嶼国」と呼んでいいのかもしれない。


 車窓からの景色はすばらしく、日本の本州の人口集中地区に住んでいれば、これはもう豊かな田園風景以外の何者でもなく、見とれてしまうだろう。しかし、私にとっては、ともかくどこかで見た景色なのだ。


 実は北海道に住んでいると、こうした区画の広い田畑を見る機会は多い。特に十勝地方に行けば、規模が大きな耕作地が多数見られる。そのため私にはなんとなく北海道に戻ったなという「なつかしさ」が湧いてしまうのだった。




 日本のいわゆる「いなか」は、人家や量販店、その他数知れないほどの建築物や送電線などの人工物であふれている。ところが、列車から見るオランダの農業地帯には、それらがほとんどない。


 花卉栽培などで温室を持つ地域であれば事情は少し違うのかもしれないが、アムステルダムからハーグやライデンまでの沿線は、見事なまでにそれがない。


 この田園風景の美しさがオランダの特徴のひとつなのかもしれない。北海道も、都市以外の空間に人工物が少なく、農地が連続する。もちろん農地も人工物ではあるが、地上に突き出た建物ではないので、目立ち方が違うのだ。





 農村景観の美しさに惹かれて多くの人がオランダを訪れるのであれば、同じ景観美を持っている北海道も、観光における今後の可能性は高いだろう。特徴ある景観は十分地域の資源になり得る。
author:SHIKIDA, category:アムステルダム滞在, 15:26
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たまには旅行情報を:移動する街アムステルダム
 慣れていない最初の時期は、おっかなびっくりの街歩きだが、10日もいれば交通システムや街の歩き方を覚える。こうした慣れは、外部から地域に入る「よそ者」にとっては内部化していくプロセスでもある。

 

 さて、アムステルダム市内の交通は、トラム(路面電車)が基本である。トラムの経路を憶えてしまえば、乗り換えも利くし、非常に便利な乗り物となる。自転車のように天候に左右されないし、乗る方向さえ間違わなければ、比較的簡単にどこへでも移動できる。

 トラムの乗車はやってみれば簡単である。とにかく乗ればよい。乱暴だが、まず乗って車中の車掌か運転手から、1時間2.7ユーロか1日(24時間)7.5ユーロの「時間限定乗り放題チケット」を買えば何とかなる(それ以上の長時間のものもあるらしいが使ったことはない)。

 

 決められた時間内なら、何度乗り換えてもかまわないので、旅行者向きである。もちろん、オランダ語で書かれた地名を認識して、行きたい場所への経路を知っている必要があるが、鉄道のアムステルダム中央駅に向かう路線がいくつかあり、それをまず乗りこなせれば、ほぼ見当がつく。

 またいずれのカードも、乗り降りのたびに、「チェックイン(IN)」「チェックアウト(UIT)」をする必要がある。これはオランダ人でも忘れると見えて、停留所ごとに注意放送が入る。日本の車内放送が「しつこい」という苦言を頻繁に聞くが、その点ではこちらもどっこいどっこいである。



 さて、他の都市も含めて数日以上滞在するのであれば、OVチップカールトという電子カードを購入すれば、さらに便利である。しかし、最初に8ユーロの投資が必要で、カードを払い戻す手間も考えれば、運賃が多少安くても元が取れるか微妙なところだ。パスポートなどの証明書がなくても簡単に買える。

 ところでこのカードだが、スイカやキタカ(JR北海道)などの、日本のICカードだと思えばよい。チェックインとチェクアウトは前述の限定カードと同じだ。繰り返しチャージできることも日本と同じ仕組み。



 しかし戸惑うのは、チャージには現金が必要なことだ。クレジットカードからチャージできるのは、アムステルダム中央駅とスキポール空港だけである。つまり、他の駅でクレジットカードは使えず、オランダ人たちが使う銀行カード?以外は現金チャージだけになる。

 現金がないと、せっかくカードがあってもチャージできないので不便である。地域限定のこうした仕組みには驚くが、よく考えれば、日本のスイカのチャージも基本的には現金だから、「サービスが悪い」という批判は当たらない

 

 列車もこのカードで乗車できる。こちらは残高が20ユーロ以上あれば乗せてくれるので、いきなりチェックインして列車に乗ってもかまわない。ただし、事前にOVチップカールとの「アクティベーション」のような作業を窓口で行わなければならない。これは一度で済む。また20ユーロのミニマムチャージが必要なようである(未確認)。

 注意すべきなのは、トラムでも列車でも、チェックインを忘れて乗車すれば、車内検札で罰金を取られることだ。列車の場合、改札がないので、無賃乗車ができそうな錯覚を起こすが、けっこうな頻度で改札はやって来る。まずはチケットなしの乗車はやめた方がよいだろう。

 なお2-3日の滞在あれば、列車は現金かカードで窓口でチケットを購入することをお勧めする。またトラムであれば、最初に乗ったトラムで1日券や1時間券を買ってその後も乗車する方がいい。その理由は前述したOVチップカールトのチャージが面倒だからだ。

 ただし、一週間もいて何度もトラムに乗るという場合は、50ユーロくらいチャージして置けば安心なので、購入してもいいだろう。日本のスイカのように気にすることなく乗り降りできる。

 さて、目的地に行くために、どのトラムや列車に乗ればいいのかは、旅行者が悩む問題である。それを助けてくれるのが9292というHPだ。日本の乗換案内ソフトのようなものだがよくできている、乗降するホーム番号も示してくれるので、列車を間違わない。ともかく安心して目的地に行く列車に乗れるので、ぜひご利用を。。
 
 こうした情報通信技術の利用は、旅行者にはありがたい。現地の人しか解らない仕組みを解りやすくしてくれる。よそ者にとっては、とてもありがたいシステムだが、苦労なく列車に乗れるので、「移動」が目的地に行く手段と化してしまう。

 そして列車に乗る楽しみは、旅行の効率化のために失われ、車中は退屈な空間となるのだ、というのは極端な話だが、私の場合仕事での移動が多く、やはり「確実さ」は重要だった。旅行でも時間が限られている場合などは、確実に乗降したいだろう。だから、こうしたサービスはありがたい。

author:SHIKIDA, category:アムステルダム滞在, 08:26
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隣の街アムステルフェーン(Amstelveen)
 週末も天気が悪い。困ったことだが、こちらに住んでいればそれも日常である。北緯53度に位置しながらそれほど寒くないのは、暖流が沖合に来ているおかげである。



 人口が80万人近いアムステルダムは都市魅力も大きい。その魅力によって、居住者はもちろん、年間500万人近い観光客を集めている。しかし、市の中心部の不動産価格の上昇に伴って、「住みにくさ」も増しており、子供がいる夫婦は、裕福でないと住むことが難しくなっているという。

 そこで、広い土地と家を持ちたければ、市の郊外か市外の衛星都市に住んで、そこから通勤するという方法を選ぶことになる。こうした位置付けにある街の一つが「アムステルフェーン」だ。アムステルダム市の南に位置し、人口は約8万人である。




 この街の特徴(特に私たち日本人にとっての)は、日本人駐在員(社員という方が今は正しいか)やその家族がたくさん住んでいることである。オランダに在住している日本人は7000人と言われているが、このアムステルフェーンには2000人ほどいるといわれている。

ここには370社あまりの日本企業が進出している。進出企業は分野を問わず、ヤクルトやトヨタなどの、名前に馴染みのある企業が多い。市役所には「Japan DESK」があり、日本企業の誘致やその後のケアを担当している。

 担当部長のデケンプさんによれば、日本からの投資や進出に対して同市は積極的で、進出してきた日本企業関係者にとっても、進出を決める際の条件は満足できるという。


 日本企業の進出は1963年から始まった。最初に東京銀行が進出し、それに続いて様々な企業が進出した。デケンプさんが担当しているこの10年でも進出は続いているそうだ(右の写真は市役所)。

 進出の決め手となるのは、第1に税制面での優遇、第2に他のEU諸国と比べて生活費が安いこと、第3にオランダ人の英語能力が高いこと、第4に衛生面などの生活レベルが高いこと、第5に人や物が欧州で動く際の結節点であることだと強調していた。

 また、この動きに伴って社員や家族の居住が活発化した。アムステルフェーン市としても積極的な誘致策を講じている。日本人の増加に伴い、医療や保育などの生活上のニーズも増えていると考えられ、日本人社会の形成や組織作りも進んでいる。そのため、住みやすい街だと認識されているようだ(そうなるように努力している当人が言うのだから、当たり前と言われるかもしれないが)。

 また、オランダ人はこうした外国人による「社会形成」に対しても寛容で、特段の反発もないと言われている(長坂、2007)。もちろん、移民のモロッコ人たちの増加で、「白人オランダ人」が敏感になっていて、移民のふるまいに対するごく普通の市民のさまざまな反発感情があることも確かであり、オランダ社会も国際化を試されている。



 話は変わるが、この街には小さな美術館がある。私設の財団が運営する「ヤン・ファン・デル・トフト美術館」である。コブラ美術館という現代美術館が有名だが、市役所の近くにこじんまりとたたずむ建物はきれいに管理されており、平日でもぽつぽつと来館者が訪れていた。

 運営担当のMr. Tomas Hillebrandは、日本に行ったこともある漆芸が専門の芸術家だが、今はこの美術館運営を担当している。芸術家から運営への転身について尋ねると、美術展企画の仕事はなかなかクリエイティブだと答えていた。こうした発想もあるのだろう。



 来館者がアムステルダム市からではなく、近隣中心であり、年間25〜30000人で、なかなか経営的に厳しいことを認めている。実際は企業からの寄付でなんとか運営しているようだった。


<9246>長坂寿久(2007)『オランダを知るための60章 エリア・スタディーズ』,編,明石書店,東京都,439p.
author:SHIKIDA, category:アムステルダム滞在, 18:35
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農業関連の研究開発で栄える「農都」ワーへニンゲンへ
 2週間あまりアムステルダムという「大都市」にいてすっかり魅了され、また慣れてしまった。しかし、こちらに来てから周囲の人に「アムステルだけは特別だ」とよく言われる。確かに人口集中で都市としての魅力も大きいアムステルダム市内にいればほとんど不自由はない。

 それはちょうど東京や札幌などの都市に住んでいれば陥る感覚と同じだろう。あたかもそれが日本全体の標準のような感覚で暮らすことができる。



 今回の「遠出」は、その「誤解」を解くためにも必要だった。出かけた先は、アムステルダムから電車で1時間余りかかるEdeから、バスで南へ20分の町「ワーへニンゲン」である。人口が3万6000人の小さな町だ。

 この町はローマ時代に造られた街道が郊外に残っているなど、ヨーロッパの長い歴史を体験することもできる。ローマ時代の鎧甲が発掘すれば出てくるらしい。敷かれていた石畳はその時代のものではなく、後世に整備したものだと言うことだが、周囲の丘をまたぐように建設されたローマ時代の道は、ローマ帝国支配ための動脈であったのだろう。兵士ばかりではなく、一般人や物流もこの道を往来したはずだ。

 

 その一方、近現代史の中で、特に第二次世界大戦の記憶としてこの町が注目されることは多い。戦争末期に英軍のモントゴメリー元帥が計画した「マーケット・ガーデン作戦」によって多くの兵士の命が失われたからだ。連合軍は近郊の街アーネムとこの町の周辺を主戦場にし、多数のパラシュート部隊で侵攻した(するはずだった)。

 しかし、作戦は失敗して甚大な被害をもたらしたばかりか、その後のドイツ軍のアムステルダム占領を長引かせる結果にもなっている(長坂、2006)。この時の様子は、映画「遠すぎた橋(A
bridge too far)」で描かれている。古い映画だが、アーミーファンの友人が話していた記憶にあって、懐かしく思いだした。

 
 印象的であったのは、この町を訪問するイギリス人が嫌われているらしいことだ。自国の利益のためにやったとしか言えないこの作戦で、多くの損害や犠牲を払ったオランダ、特にこの街の人々からすれば、決して「60年前の話」ではないのだろう。

 逆に、この町を最終的に解放したカナダ軍は大いに歓迎された。そのため、ワーヘニンゲンを訪ねるカナダ人には今もいたって好意的な視線が向けられるらしい。これもまた人の記憶がそう簡単に消せないことの証しである。

 さて、この町のもう一つの特徴は、農業分野で有名なワーへニンゲン大学があることだ。さらに、この大学の立地もあって、この地域は今「フードバレー」として注目を集めている。

 実際の「谷」はないと紹介されるが、氷河時代に氷河が流れた谷は確かに存在する(実際、谷の両側に5、60mの「丘」がある)。革新的な農業生産を進める地域なので、シリコンバレーを真似て、フードバレーと名付けているとのことだ。



 2013年6月23日付け日本経済新聞の記事によれば、ここには、農業と食品生産企業の研究開発組織の集中立地が始まっている。

 そして、こうした企業群を結びつけて、プラットフォームやネットワークを形成、企業コンソーシアムのような組織を形成している。こうした集積によって相互刺激をうけることで、一層の発展が期待できるという好循環をこの地域からが狙えるのかもしれない。

 ただその際に、様々なインフラを提供する地元地域は、どのようにメリットを得ていくのだろうか。研究開発と地域、地域にとって身近な農業という分野だけに、よけいにその「共生関係」が気にかかる。
author:SHIKIDA, category:アムステルダム滞在, 16:34
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